つきよのみみず
児童書とYAと普通の小説の感想です。コメント・TB 古い記事にでも大歓迎♪ 基本的にネタバレ注意です!
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『ジェニィ』 ポール・ギャリコ
新潮文庫の古沢 安二郎訳の方。動物の擬人化なんて子どもじゃあるまいし読めるか〜っていう気持ちは「White Fang」(リンク)で打ち砕かれたのであったが、さて今度は猫だ。(いや、実際は猫が登場人物の本は、児童書なら読んだなあ。天才猫モーリスとか。
------新潮社より
突然真っ白な猫になってしまったピーター少年は、大好きなばあやに、冷たい雨のそぼ降るロンドンの町へ放り出された。無情な人間たちに追われ、意地悪なボス猫にいじめられ――でも、やさしい雌猫ジェニィとめぐり会って、二匹の猫は恋と冒険の旅に出発した。猫好きな著者ギャリコが、一匹の雌猫に永遠の女性の姿を託して、猫好きな読者たちに贈る、すてきな大人の童話。
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・・・突然猫になってしまった少年というトンでも設定に違和感がない。猫初心者にとって人間世界も猫社会も何と危険なことよ。窮地を救ってくれて、優しく猫の生き方を教えてくれるジェニィには、僕も惚れてしまった。
ジェニィの側から眺めると、そうか、これは、おねえさまが可愛くて将来有望な少年を育てる話なんだ。(ごめん。全国の「ジェニィ」ファンの皆様。冗談だから許して)
道路に行き倒れているのはまだ大人になりきれない白い子猫。雨に打たれて泥にまみれて血も滲んでいるが、あの所々に輝く真珠のような白い毛はきっと只者ではないわ。長い睫と引き締まった口元、形の良い顎には気品が漂っている。そして何故か分からないけど猫とは違うこの雰囲気は何かしら。くんくん、ああ、いい匂い。胸がときめくわ。運命の出会いではないかしらん。怪我の手当てをしなくては・・・
まあ、ついこの前まで人間だったなんて・・・でも本当かも。だからこの子は他の猫と違うのね。普通の猫にはないピーターの優しさが嬉しい。いいわ、私が猫の暮らしを教えてあげる。こうなったらどこまでも面倒を見るわよー。(悪乗り、ごめんなさい)
ピーターは人間時に8歳。猫になりたては子どもっぽさを残していたが、ジェニィの教育によって心身ともに成長していく。もともとポテンシャルは高い設定。人間の知恵と優しさを持った逞しい猫に育つ。そりゃあ、ジョニィも惹かれるよね。
・・・・・・突然真っ暗な冷たい水に叩き込まれ、もがいているうちに息が切れ水を飲んでしまった。苦しい。手足が動かない。思い出が走馬灯のように回り・・・川の向こうで呼ぶのはおばあちゃん? そうか私は死ぬんだなあ・・・「ぞわぁーー」全身の毛が逆立つ不快感。振り返ればピーターがいた。
「猫の尻尾をふむなぁー! 何べん言った分かるのよー!」
・・・・・・長い夢が終わり、咳き込みながら目を覚ましたとき、私はピーターの腕の中にいて、彼の目から零れる涙が私の顔を濡らしていた。このとき私の全てを捧げると決めたの

二人の関係は友人以上恋人未満からからなかなか進まない。ついにピーターはルルウに浮気する。困った奴だ。それでもジェニィは動じない。結局は雨降って地固まるってやつ? 結局、ピーターはジェニィの掌で転がされたんだねー。
ジェニィもまたピーターに育てられたと言っていいだろうし、何より生きることの意味を得たのだから。
そして、ピーターはジェニィを賭けての決闘に向かう。じゃじゃーん。
気づいたら人間に戻ってたって・・・ポールさん、それはないでしょう。ジェニィ視点の僕の立場はどうなる? せめて最後に抱きしめて、ありがとうと言いたかった。それから、それからっ、あんなことも、こんなことも・・・・・・自重(苦笑)
そうだ! きっと、ピーター同様、事故にあって意識不明のおねえさんがどこかに居たに違いない。彼女もジェニィになった夢を見ていたんだ。ピーターと同時に目覚めた彼女も、ジェニィとして過ごした夢の時間を思い、遠くを見る目をしただろう、猫のように。あるいは体を舐めようとして首を廻し、思うようにならない体に愕然としたか・・・
ここまで読んだってことは、くだらない妄想に付き合っちゃいましたね(笑) ご苦労様。
最後にこれは書いておかないとね。猫の習性についての描写がまた面白い。猫がどう考えてるかは誰にもわからんが、読んでいて非常に説得力がある。最近の本に比べればやや緩慢なストーリーにも、このおかげで全く飽きない。花まる!
『闇が落ちる前に、もう一度』 山本弘
5編のホラー系SFの短編(短いのも長いのもあるが)を収録してある。物理的にリアリティーを追求するわけじゃなくて、その辺りは適当にまとめておいて、足元の沈んでいくような恐怖というか、宇宙や自己の存在に対する不安とか、気づくと呑み込まれちゃう恐怖とかね、そんな恐怖を背景に置いていく。そして、寄せ集めの5編なのに、夫々の世界観とか作り出す恐怖感が次の作品に上手く影響しているようにも思える。『闇が落ちる前に、もう一度』
5分前世界仮説を考えすぎて発狂する人はいないと思う。しかし、「宇宙の寿命が10数日」と物理的に証明されたら? 世界消滅の危機に加えて脳に存在するはずの記憶さえも偽物ではないかという恐怖があるわけで、そんなことが明らかになったら人間はどんなパニックに襲われるんだろう。世界の終わりからの連想で若いとき読んだ、新井素子「ひとめあなたに」を思い出した。記憶の中の愛する人が作られた記憶に過ぎないとしても、それでも人は「ひとめあなたに」会いに行くのだろうか。
『屋上にいるもの』
個人的には印象が薄いが、読者の頭にホラー的恐怖の要素を持ち込むという効果と果たすのかも。かつて部屋に住み、今は天井の上(屋上)に巣くう怪物に魅入られたように殺されるという辺りが、5分前世界仮説の恐怖と同様に足元をすくう的な恐怖感や得体の知れない運命論的なものを醸し出す・・・ってのはこじつけだね(苦笑)
『時分割の恐怖』
ネット上には文字による人間同士のコミュニケーションがあり、その個性はネット人格なんて呼ばれたりするけど、今のところ、人間はその入力と出力をネットに間接的に接続しただけ。ネット人格は肉体を持つ人間の出力を仮想化しただけの存在なわけだ。
もしも、「ゆうな」のように仮想肉体を持ち人間のように思考するプログラムが存在するなら? その瞬間に、僕らの存在はかなり曖昧なものになってしまう。「ゆうな」だけがプログラムだと一体どうして証明できようか。言ってみれば、5Mバイト前世界仮説?
『夜の顔』
極大エントロピー宇宙モデルが、五分前世界仮説の話なら、これは、5メートル前世界仮説でしょうか(笑) どこまで行っても自分の周囲5メートルに宇宙の境界があっても、それは証明できないと・・・そんなわけで、上位者による箱庭世界の観察って概念が自然に頭に浮ぶ(私だけか・・・笑) しかし、中年の不気味な顔で、しかも最後には食べられちゃうとなるとなあ。子ども顔ならいいのに。観察者の子どもが腹を減らかして、ついついおやつ代わりに食べちゃったとか(苦笑)
『審判の日』
ストーリー的に王道を行くこの作品がメインコースなんだろう。突然にこれを読んだら、いきなり神の審判、宇宙の意思? 細菌までがいなくなっちゃあ人間が生きられないだろー 人間の体だって滅茶苦茶複雑な一つの生態系なんだからーとか、文句も言うかもしれないけど、前の4つの短編で慣らされてるせいですんなりと入れる(本当か?−笑)
この設定は面白い。ストーリーも良い良い。たとえ未来が数十日しかなくてもハッピーエンドだから許す。世界が滅亡を望むかという問いにYesと答える人の割合が1/500なら結構良い世の中じゃないっすかね。かなりの思春期の若者は勢いでYesと答えると思うけどなあ。しかも、こんな非日常な冒険が付いてくるなら言うことないと、若いときの自分は思った・・・かな?
『サンセット・ビーチ・ホテル』 新井満
南の果ての島の狭い環礁に滑走路を引き、珊瑚礁にごみをばら撒き、奇跡のように美しい夕日が落ちる海を渡るさわやかな風さえも放射能にまみれさせてしまう我々こそが廃棄物なのかも。遠景なら美しい、人工衛星の燃え尽きる流れ星も、近景では醜悪な廃棄物でしかない。炎を上げて臭い有害物質を撒き散らしているだろう。人間の営みとて同じことか。一皮向けばそこに様々な醜悪さが顔を出すってもんだ。(作品はあくまでさわやかに、そんなことは描かないけれどね)-------あらすじ(はしょりすぎかもしれないが)
数年前から別居中の夫婦。夫は環境ビデオの撮影をして世界中を回る。ミクロネシア最深部の島の美しいのサンセットビーチホテル。満天の星空の流れ星は人口衛星のくず。珊瑚礁にはビールの空き缶。礁には飯でも食おうと数年ぶりに妻に手紙を書くが、人工衛星の落下に直撃される。
妻は舞台での即興の書というパフォーマンスをする才能溢れる書道家。訪れたニューヨークで、白い帆船に乗ってやってくる息子をエリス島で待ち続ける老人に会う。自身の美術館だと案内されたのは廃墟のビル。明日取り壊されるというビルの壁に老人の求めで書いたものは・・・
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しか〜し、廃棄物で大いに結構じゃないっすか。廃棄物を出し続けることが「命」だとも言える。生命活動は廃棄と同時に浄化でもある。地球を滅亡させようという勢いの我々人類とて、廃棄物を浄化(いや、浄化という概念が既におかしいか)するシステムの一部だしね。
醜さと美しさ、絶望と希望、闇と光は表裏。破壊と創造。
新大陸での未来を夢見る移民たちを支えたサンライズステートビルも老人の夢とともに朽ち果て、明日取り壊されるビルの壁に書かれる「帰来坐虚室 夕陽在吾西」
絶望を身に纏った夫は人工衛星のゴミとともに消え失せたが、妻は老人の捜し求めた、希望という風に白い帆をはためかせる船を海に見る。二人の結婚は不幸な結末を迎えるが、僕的にはハッピーエンドだね。
書道のパフォーマンスってのも面白そう。だけど一瞬だからなあ、どうなんだろ?
3ヶ月ぶりの更新。続けるってのは大変なことだ。
「毎朝生まれて、毎晩死ぬの」か。さて、死ぬ前にこれを上げとこっと。
「となりの用心棒」 池永陽
娯楽小説っていうんでしょうね。「面白い」以外の感想、書けるかなー?と言いつつ、こうなると意地でも感想を書きたくなります(笑) しかし、この本にああでもないこうでもないと屁理屈つけるのもかなり滑稽ではあります(苦笑)
さてさて、主人公の勇作。全身筋肉に包まれた長身は熊のようだそうで。
琉球空手を元にあらゆる武術を取り入れて自分なりの空手を作り上げ、アメリカで道場破りの武者修行の末に日本に帰りつくと、ほとんど成り行きで夏子と結婚。婿養子になり柄にもなく空手道場を始めることに。
ところが、この勇作、外見とは異なり、純朴で口下手、甘いことも言えない。とことん優柔不断。ノーといえない。情に流される。特に女には弱くて妙に優しい。二枚目じゃないがもてる。常に二番手ってことになってますけど。
それに較べて、脇役たち、特に女性たちの割り切りのすごさ、思い切りの良さが光ります。妻の夏子、勇作に恋する美人の未亡人亜紀子、元ヤクザに恋する大学生冴子、片腕の中学生薫に恋する瑞穂。
表紙絵では、左端から、亜紀子、瑞穂、夏子、ですよね?
当然、これら全ての女性陣に好かれてしまう勇作くんです。
------「Book」データベースより
沖縄生まれの勇作は、両親の顔を知らずに祖父のもとで育てられた。祖父に教えてもらった空手を頼りに単身ニューヨークに渡り、道場破りを生活の糧とした。そんな勇作だが、情に脆く、女にはめっぽう弱い。帰国後、押し切られるようにして婿養子に入り、妻の勧めで空手道場をオープンする。だが、門下生は集まらず、舞い込んでくるのは商店街の人たちの厄介な相談事ばかりで…。涙と笑いが交錯する市井人情小説の傑作。
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市井人情小説・・・なんですかなあ。ちと違うような気もするんですが。
アメリカではシンプルに強さを追求していた勇作くんですから、日本に帰って婿養子となっても、自身の修行を中心にシンプルな家庭、シンプルな仕事、シンプルな近所付き合いを求めているらしい・・・けど、妻は道場の経営なんて難題を持ち込むし、義母に嫌味や近所の住人や生徒の持ち込む様々なゴタゴタに巻き込まれる。さらに、美人未亡人の亜紀子さんにも誘惑される。いや、狙われる(笑)
弟子たちには、シンプルが一番と教えることはできても、自分がシンプルに生きるのは難しいってわけです。
そういえば、親としてこれくらいは息子に言ってやりたいもんだ、なんて思う勇作の台詞がありました。事故で片腕を失った中学生の弟子への言葉ですね。
「とことんやってそれでも駄目なら仕方がない。だが、やりもしないで頭の中だけで考えて放棄してしまうのは単なる甘えだ。まず、苦しめ。それから甘えろ。それが順序だ。俺がお前にしてやれることは、叱りとばすことと一緒に泣いてやることぐらいだ・・・」
勇作くんってこんな人です。
さてさて、勇作くん、よせば良いのに、美人の未亡人、亜紀子さんに飲みに誘われ、断りきれません。「シンプル、シンプル」と呟きつつ、ついて行ってしまう。シンプルな行動が複雑な結果を引き起こすのは必至です。
まあ、すっ飛ばして、色いーろ、あった末、亜紀子の目論見も胸のうちも分かって、彼は呟く。
「俺はいつでも負けている。いつでも女に負けている。いや、負けているというよりは甘えているのだ。沖縄でもアメリカでも本土でも。女の懐の奥にぬくぬくとつつまれながら、柔らかな肌にしっかりとしがみついて胎児のように甘えきっているのだ。敵わなかった。顔があげられなかった。羞恥にも似た敗北感が、勇作の体中を音を立ててかけめぐった。」
弱い。情に脆い。優しすぎる。というのは、理性的な判断が出来ず、その場の感情に影響されるってことなんでしょうね。この性格は愛される性格でもあります。それが彼の武器でもあり、彼を救いもするってことなんでしょう。もし彼がそうでなければ、亜紀子さんは彼を最後まで離しはしなかっただろうし、夏子は彼を許しはしなかったのかもしれない・・・なんて思ってしまいます。
そして、弱さ転じて強さって構図は、最後の決闘の場面にも出てくるように思います。
ここでは、勇作の心理は二転三転するわけですが、
1.思い切り闘って、それで死ぬなら仕方ない。
2.死ぬのが怖い。しかし、死んでみるのもいいかもしれない。死ねば終わり。あらゆるものから開放される。大袈裟な・・・ま、彼なりに悩んでいたってことで。。。
3.妻(夏子)の塩辛い悲しい味の涙が脳裏のよみがえる。生き残らなければならない。どんな手段を使っても、この道場を守らなければならない。
ここに至って、格闘家としてのプライドも何もかなぐり捨て、急所である首に帯を巻くんですね。"どんな手を使っても死なないで勝つというのが、彼のプライドなのだ。" 「あんたにはカッコ悪く見えるだろうが、俺はこの姿を最高の姿だと思っている。かっこ悪いなどと毛ほども思っちゃいない」
「あんた家族持ちだろ・・・結局俺はプライドが捨てきれなかった。なりふりかまねえ家族持ちのはかなわねえや」とは、相手の言葉。
一般的に守るものがあると人間弱いもんだと思っておりました。
しかし、守るということを全てに優先すればプライドも美学も恐怖も何もない。とことん守るだけ。子供連れの母熊は危険ということですか(ちょっと違うか−笑)
「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」 米原万里

先日、ベルリンの壁崩壊当時、ドイツに駐在していたという方と飲む機会があった。拾った欠片を今も持っているそうだ(アスベスト使われてるらしいけど・・・大丈夫かな) その時にこの本を読んでいればもう少し気の利いた話に誘導することもできただろうに。残念なことをした。
米原氏の代表作として評価も高い本作だが、下ねたも健在。
「ある刺激に反応して6倍に膨張する器官がある。それは何か。その刺激とは?」
というのが、ある真面目の生物の先生の問題でした。当てられたお馬鹿な少女は、
「そんな恥ずかしいこと、言えませんぅ」 クラスは大爆笑に包まれる。
さて、答えは・・・・・・瞳孔。
分かりました? 僕なんて、体積が6倍なら、長さでおよそ1.8倍(立方根)と計算しちゃいました(笑)
ところが、その真面目な先生が何か言いよどんだ。生徒たちは何かを嗅ぎ付けて、先生にしつこく尋ねるが、先生は答えない。
そこで、一人の優等生(三作目の主人公のヤスミンカ)が、こう発言する。
「先生はおそらくこう言いたかったのではないですか。期待していると、がっかりしますよ、と」
クラスは、再び大爆笑!
内容(「BOOK」データベースより)
一九六〇年、プラハ。小学生のマリはソビエト学校で個性的な友だちに囲まれていた。男の見極め方を教えてくれるギリシア人のリッツァ。嘘つきでもみなに愛されているルーマニア人のアーニャ。クラス1の優等生、ユーゴスラビア人のヤスミンカ。それから三十年、激動の東欧で音信が途絶えた三人を捜し当てたマリは、少女時代には知り得なかった真実に出会う!大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。
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共産主義国家と民族の政治に翻弄される3人の少女とその家族を描いているわけだけれど、それが彼女たちだけの特殊な環境における特別な話には思えないですね。
共産主義国家で暮らしても、僕らの日常と同じように、日々の選択があり、それが積もり積もって人生を形づくるってのは変わりませんね。とはいえ、この話の登場人物たちは、外国のロシア学校で暮らす特権階級でもあり、さらの下層で運命に翻弄される人々がいることを忘れるわけにはいかないのですが。
嘘つきアーニャの嘘は真っ赤だったかもしれないけど、僕らだって色んな色の嘘をつかずには生きていけないわけです。ピンクだったり、青かったり、黒かったり、ね。それが良いとか悪いとかと言い切れないところが何ともまた、どうしようもないですけど。
全然別の個人的な話ですが、自分は大学進学で田舎から都会に出ました。
夏休みに故郷に帰って感じた居心地の悪さみたいなものを米原さんは感じておられないんだなあと思ったりしました。特に就職した友達は夏休みなんかないわけだし、学生ボケした頭に「学生はいいのー これが俺らの現実なんじゃ」という友人の言葉が痛かった記憶があるんですけどね(苦笑 勝手に方言加えました)
ま、30年たつとそんなものはないのかもしれないですね。
他には、興味深かったのは故国への愛着度についての観察です。
1.故国から離れている時間と距離(地理的よりも、政治的・文化的意味あいでの距離)に比例する
2.大きな国より小さい国、強い国より弱い国から来た子供の方が、母国を想う情熱が激しい
「国が小さい分、その国に占める自分の割合が大きく、自分の存在によってその国の運命が左右される度合いが少しでも高そうな気がする方が、思い入れが強くなるのだろうか」
これは実感として感じないわけでもないです。日本人が自国に批判的なのは異常ですけどね。歴史的背景−戦後教育、世論操作の問題もあるのでしょうが、日本が安定していて経済力などのバックグランドがあるから、甘えていられるのかもしれません。
冷静に故国と現地を観察しているつもりですが、逆にデラシネ的な感覚は強く、時に焦燥感に襲われますね。上の故国愛着度の高い人ほど、現地にうまく適応しているか、帰ってしまうか、中途半端はないような気もします、統計取ったわけじゃないし、個人的な感想ですが。
今回は、いつもにまして歯切れの悪い感想ですね。でも、読後感は悪くないですよー





